金縛りの最中に、横へ寝返りを打つように身体を回転させる。すると、ベッドの上の身体は動いていないはずなのに、身体から自分が抜けたような感覚があり、床へ落ちたり、天井へ浮かび上がったりすることがあります。自分の身体が動いていないのなら、いったい何が身体から抜け出したのでしょうか?
脳科学の研究によって、私たちが普段当たり前に感じている「自分はここにいる」「自分はここから世界を見ている」という感覚が、脳の働きによって生み出されていることが分かってきました。特に注目されているのが、側頭頭頂接合部(Temporoparietal Junction:TPJ)という脳の領域です。この場所への電気刺激によって、体外離脱に似た体験を引き起こすことにも成功しています。
この記事では、体外離脱と脳の関係について、実際に行われた科学実験を紹介しながら、その仕組みを解説します。
体外離脱では、何が身体から離れるのか?
体外離脱という言葉は、身体が宙に浮く感覚から、自分自身の姿を身体の外から見る体験まで、広い意味で使われることがあります。しかし、脳科学では、こうした体験をそれぞれ区別して考えています。代表的なものを、以下の表にまとめました。
| 体験 | 自分の位置・視点 |
|---|---|
| 前庭運動性幻覚(Vestibular-Motor Experiences) | 身体が浮く、回る、落ちる、移動するように感じる。視点は身体に残る場合もある。 |
| 体外離脱体験(Out-of-Body Experience) | 「自分」の位置と視点が身体の外へ移り、身体の外から世界を見ていると感じる。 |
| 自己像幻視(Autoscopic Hallucination) | 自分にそっくりな姿が外に見えるが、「自分」は元の身体の中にいる |
この3つの体験で特に重要なのは、自分自身がどこにいると感じているかという違いです。
例えば、前庭運動性幻覚では、ベッドで寝ている身体が、その場で回転したり、上下に揺れたりするように感じます。この段階では、身体から自分が抜け出したとは感じていません。一方、体外離脱では、ベッドに身体を残したまま、自分自身だけが身体から抜け出し、天井近くまで浮かび上がったように感じます。そして、そこからベッドで寝ている自分の身体を見下ろすこともあります。
さらに、体外離脱とよく似た現象に自己像幻視があります。体外離脱では、天井近くにいる自分がベッドで寝ている身体を見下ろしますが、自己像幻視では、ベッドにいる自分が、目の前に現れたもう一人の自分を見ています。
つまり、前庭運動性幻覚は「身体が動いているように感じる体験」、体外離脱は「身体を残して自分だけが抜け出す体験」、自己像幻視は「自分の目の前にもう一人の自分が現れる体験」です。
では、私たちは普段、どのようにして自分の居場所を認識しているのでしょうか?
「自分はここにいる」という感覚を作る3つの要素
私たちは普段、自分の身体がある場所に、自分自身もいると感じています。しかし、脳科学では、この当たり前の感覚を、主に次の3つの要素に分けて考えます。
- 身体所有感(Body Ownership):この身体は自分の身体であるという感覚
- 自己位置(Self-Location):自分自身が空間のどこにいるのかという感覚
- 一人称視点(First-Person Perspective):自分がどこから世界を見ているのかという感覚
例えば、椅子に座っているとき、私たちは自分の手足を自分のものだと感じ、椅子の上に自分がいると認識し、その場所から周囲を見ています。こうした感覚は、目から入る視覚情報、身体への接触を感じる触覚、筋肉や関節から伝わる固有感覚、身体の傾きや動きを感じる内耳の前庭感覚などを、脳が組み合わせることで生まれています。普段はこれらの感覚が一致しているため、自分自身の位置や視点について疑問を持つことはありません。
しかし、実際の身体の位置と、脳が認識している自分自身の位置が食い違うことがあります。この現象に深く関係していると考えられているのが、側頭頭頂接合部(TPJ)です。
側頭頭頂接合部への刺激で起きた体外離脱
2002年、スイスの神経学者オラフ・ブランケらの研究チームは、てんかん治療のための検査を受けていた患者の脳に電気刺激を与える実験を行いました。その結果、脳の右側にある角回(Angular Gyrus)という領域を刺激すると、患者は自分自身が身体から抜け出し、身体の外から周囲を見ているような体験を繰り返し報告しました。さらに、腕や脚の形が変わったり、身体全体が移動したりするような錯覚も起こりました。
角回は頭頂葉の下部にあり、側頭葉と頭頂葉が接する側頭頭頂接合部(TPJ)周辺に位置しています。この周辺は、視覚、触覚、身体の姿勢や動きに関する情報を組み合わせ、自分の身体がどこにあるのかを認識する働きに関わっています。
ブランケらは、電気刺激によってこうした働きが乱れたことで、患者が自分自身を身体の外にいるように感じたのではないかと考えました。しかも、この体外離脱の体験は一度きりではなく、同じ場所への電気刺激によって繰り返し引き起こされたのです。
さらに2004年、ブランケらは、体外離脱や自己像幻視を経験した6人の神経疾患患者について調べました。患者たちの体験には、身体が浮き上がる、空を飛ぶ、回転する、手足の形が変わるといった感覚が伴っていました。そして、6人中5人で側頭頭頂接合部に損傷や機能異常が見つかりました。
これらの研究から、ブランケらは、身体の形や位置を認識する感覚と、身体の傾きや動きを感じる感覚がうまく統合されなくなることで、体外離脱が起こるのではないかと考えました。
この2つの研究は、側頭頭頂接合部が体外離脱に深く関係していることを示す重要な発見となりました。
実験室でも「自分の位置」を身体の外へ動かせる
体外離脱に似た感覚は、脳に電気刺激を与えなくても引き起こすことができます。
2007年、スウェーデンの神経科学者ヘンリック・エールソンは、健康な参加者を対象に、特殊なカメラと映像装置を使った実験を行いました。
- 参加者の身体から約2メートル後方にカメラを設置し、その映像をヘッドマウントディスプレイに映します。参加者には、まるで自分の身体を後ろから眺めているような景色が見えます。
- 研究者が棒をカメラに向かって近づけます。参加者には、映像の中で棒が自分の目の前に近づき、画面の下に消える様子が見えます。棒が見えなくなる瞬間に、研究者はもう1本の棒で参加者の胸を軽く触ります。

すると参加者は、映像の中で近づいてくる棒が自分の胸を触っているように錯覚し、自分自身もカメラの位置にいるように感じました。
同じ2007年、スイスのビグナ・レンゲンハーガーらの研究チームも、似た実験を行いました。参加者の前方に、自分の身体を映した映像を表示します。そして、映像の中の身体の背中に触れている様子を見せながら、実際の参加者の背中にも同じタイミングで触れました。
その結果、参加者は映像の中の身体を自分の身体のように感じました。それだけでなく、自分自身も、実際の身体がある場所ではなく、映像の身体に近い場所にいるように感じるようになりました。
この2つの実験は、実際の身体が動いていなくても、視覚と触覚の組み合わせによって、脳が認識する「自分の居場所」が身体の外へずれることを示しています。私たちが感じている自分の位置は、身体の実際の位置だけで決まるのではなく、脳が受け取る感覚情報によって変化するのです。
側頭頭頂接合部は「体外離脱スイッチ」ではない
ここまでの研究から、側頭頭頂接合部が体外離脱に深く関係していることが分かってきました。しかし、この場所だけが体外離脱を引き起こしているのでしょうか?
2011年、シルヴィオ・イオンタらは、健康な参加者に自分の身体の位置を錯覚させ、fMRIで脳活動を調べました。その結果、自分自身がどこにいると感じるかによって、側頭頭頂接合部の活動が変化することを確認しました。
さらに興味深いのが、2014年にカナダのスミスとメシエが報告した、ある女性を対象とする研究です。この女性は、実際には身体を動かしていないのに、自分が宙に浮いたり、空中で回転したりしているような身体感覚を、自分の意思で起こすことができました。単に動いている様子を想像するのではなく、まるで本当に身体が動いているように感じられたのです。彼女は、幼い頃にこの不思議な体験ができることに気づき、その後も眠る前などに繰り返していたそうです。
研究者たちがfMRIで脳活動を調べると、身体の動きをただ想像しているときと、自分が本当に浮いたり回ったりしているように感じているときでは、脳の活動に違いが見られました。 後者では、側頭頭頂接合部付近に加え、身体の動きに関係する補足運動野や小脳などでも活動の変化が確認されました。
身体が浮いたり回転したりする感覚を、自分の意思で起こせる人がいるという事実は、体外離脱を目指してトレーニングを続ける人にとって、興味深い発見ではないでしょうか。
今回紹介した研究によって、体外離脱と脳の働きの関係が少しずつ明らかになってきました。ただし、睡眠中に起こる体外離脱については、まだ解明されていないことも多く残されています。
私自身は、金縛りの最中に身体が回転する感覚を利用して、体外離脱から明晰夢へ移る「ローリング法」を実践しています。具体的な手順については、ローリング法で体外離脱|金縛りから明晰夢に入る方法で詳しく紹介しています。
参考文献・一次資料
- Blanke, O., Ortigue, S., Landis, T., & Seeck, M. (2002). “Stimulating Illusory Own-Body Perceptions.” Nature, 419, 269–270. 原著論文
- Blanke, O., Landis, T., Spinelli, L., & Seeck, M. (2004). “Out-of-Body Experience and Autoscopy of Neurological Origin.” Brain, 127(2), 243–258. PubMed
- Ehrsson, H. H. (2007). “The Experimental Induction of Out-of-Body Experiences.” Science, 317(5841), 1048. PubMed
- Lenggenhager, B., Tadi, T., Metzinger, T., & Blanke, O. (2007). “Video Ergo Sum: Manipulating Bodily Self-Consciousness.” Science, 317(5841), 1096–1099. PubMed
- Ionta, S., et al. (2011). “Multisensory Mechanisms in Temporo-Parietal Cortex Support Self-Location and First-Person Perspective.” Neuron, 70(2), 363–374. PubMed
- Smith, A. M., & Messier, C. (2014). “Voluntary Out-of-Body Experience: An fMRI Study.” Frontiers in Human Neuroscience, 8, 70. 論文全文
