「睡眠中に夢を見ていたはずなのに、起きたら覚えていない。」誰もが経験したことがあると思います。夢の内容をすぐに忘れてしまう要因のひとつとして、2019年に名古屋大学の山中章弘教授のグループが、脳にあるメラニン凝集ホルモン産生神経(MCH神経)がレム睡眠中の夢の記憶を消去していることを発見しました。人間を含む動物には、寝ているときに見た夢を忘れる機能があることがわかっています。
本来は、忘れるようにプログラムされている夢の内容を覚えておくことは自然の摂理に反するため「夢日記をつけて夢を覚えるような行為は危険である」と説明しているサイトもあります。本当に危険なのでしょうか?
私は「人間以外の動物は、夢の内容を忘れないと危険である」と考えています。
子どもが持っている夢の概念についての調査
奈良女子大学の麻生武教授・塚本靖子心理士が1997年に行った、子どもたちの夢理解について調査した研究があります。
夢の中でまんじゅうをたらふく食べれば目覚めたときに満腹だろうか?
3歳児から5歳児の子ども達を対象に、「晩御飯を食べずに寝てしまった子どもが、夜眠っている間に、まんじゅうをたくさん食べる夢をみて、朝目を覚ましたときに、その子はお腹がいっぱいなのかどうか?」という質問をします。これは夢と現実との間の因果性に関する質問で、子どもは自分の経験に照らし合わせて、夢の中で何かを食べたら、実際にお腹がいっぱいになるのかを判断することができます。
続いて、「その子どもの横に寝ていたお母さんが朝起きたときに、この子が夢を見たことを知っているか?」という質問をします。これは夢の公共性に関する質問です。子どもは夢を私的な出来事と思っているのか、公共的な出来事だと思っているのかを判断することができます。
最後に、「夢の中でお母さんと一緒にまんじゅうを食べたとしたら、朝目を覚ましたときにお母さんはそのことを覚えているか?」という質問をします。これは夢の共同性に関する質問です。子どもが夢の中での共同性が現実の世界でも存続していると思っているかどうかを判断します。
夢の因果性、夢の公共性、夢の共同性について調査結果
1つ目の夢と現実との因果性に関する質問については、5歳児の13名中11人、3歳時の9名中6人が「夢の中でいっぱい食べても、朝起きたときにはお腹はぺこぺこだ」と答えています。5歳児の85%、3歳児でも67%が夢と現実との因果性を理解しており、夢の中で何かを食べても実際には満腹にならないし、夢の中で怪我をしても現実には傷ができないことを、経験を通してすでに理解しているようです。
2つ目の夢の公共性に関する質問では、5歳児の92%が「お母さんは知らない」と答えますが、3、 4歳児の56%が「お母さんは知っている」と答えています。3、4歳児の半数以上が、「隣で寝ているお母さんも自分が見た夢の内容を知っている」と考えているのです。3つ目の夢の共同性に関する「夢の中で、お母さんと一緒にまんじゅうを食べたら、お母さんはそのことを覚えているか?」という質問に対して、3歳児も4歳児もそれぞれ67%が「お母さんは覚えている」と答えています。3、4歳児の約7割が「お母さんは自分の夢に出てきたのだから、お母さんはその夢の中のことを体験して覚えているはずだ」と考えているのです。
3歳児くらいの夢という存在を知り始めた子どもにとっては、夢の世界は、現実とは違う世界であるということはすでに理解し始めていますが、夢の世界は公共性と共同性のある開かれた世界であると感じているのです。そして歳をとって何度も夢を見ることで、夢の世界は公共性や共同性のない非常にプライベートな世界であると感じるようになっていくようです。
夢の概念を獲得するためには言語が必要である
子どもがいる親であれば自分の子どもが怖い夢を見たときに「それは夢だから大丈夫」と伝えた経験があると思います。このとき子どもが見た夢を「それは夢である」と判断しているのは、子どもではなくその親です。
幼い子どもは、自分自身が初めて夢を経験したとき、自分が夢を見ているということを意識できません。夢という言葉を知らず、寝ているときに夢を見ていることにも気づいていないときに、周囲にいる人から夢という存在を教えてもらって初めて、子どもは夢を知ります。夢の概念を獲得するためには、自分でない他者から教えてもらう必要があるのです。
言語という高度なコミュニケーション手段を持つ人間以外の動物が、夢の概念を獲得するためには、自分自身の経験則から導き出す必要があり、かなりの時間を要すると考えられます。そして、もしその間に「動物が夢を忘れずに覚えている」としたらどのような問題が起こるのでしょうか?
動物が夢の内容を忘れないと、生命の危機が起こってしまう
例えば、猫と狼が隣り合って暮らしていたとします。狼は猫が住んでいるところに入ることはできませんが、猫は狼のいるところに入ることができます。しかしその猫は、そこに入っていった他の動物が凶暴な狼に襲われて死んでしまったことを知っているため、狼のテリトリーには入りません。猫は危険なテリトリーに入らないため安全に暮らしています。
このような条件のもと、猫が「隣のテリトリーにいる凶暴な狼が事故によって死んでしまって、猫が大好きなチーズ食べ放題のチーズ王国ができた」という夢を見たとします。目を覚ましたときに夢を忘れていれば問題はないのですが、夢の内容をはっきりくっきり覚えていた場合、その猫は大好きなチーズを食べるために、危険な狼のテリトリーに自ら入っていってしまいます。
夢と言う概念を獲得していない動物が、夢を忘れない状態であれば、生命の危機に直結してしまうのです。
ねずみをはじめとして哺乳類は夢を見ます。最新の研究では、爬虫類にもレム睡眠とノンレム睡眠が存在し、夢を見る可能性が明らかになりました。しかし、言語によるコミュニケーション手段を持たない人間以外の動物は、夢という概念を獲得することができない、もしくは非常に難しいため、夢の内容を覚えていることが生命に関わる危険となります。もし夢の内容を覚えていた動物が過去に存在していたとしたら進化の過程で淘汰されていったことでしょう。
まとめ
以上が「人間以外の動物は、夢の内容を覚えていると危険である」理由です。私は、夢という概念を獲得した大人の人間は夢の内容を覚えていても支障がないと考えています。
夢の内容を覚えておくことができないと明晰夢を楽しむことができません。夢の内容を記憶するためには、夢を見て起きた直後に、夢の断片を脳内で再生することで、初めて記憶に固定化されます。そして、夢の記憶を固定するためには、夢日記が有効です。夢日記について詳しくは、夢を操るためには夢日記が必須ですをご覧ください。