前回の睡眠サイクルと神経伝達物質についての記事で、脳は神経伝達物質を産生、放出することで、眠りと目覚めのサイクルを操作していると説明しました。夢と神経伝達物質の関わりについては、コリン作動性理論とドーパミン作動性理論という2つの主要な理論があります。
コリン作動性理論
コリン作動性理論は、神経伝達物質であるアセチルコリンが、レム睡眠と夢を発生させているという理論です。レム睡眠と夢の結びつきが初めて発見された1950年代にできた理論で、「夢を見るためにはレム睡眠が必要である」という考えがこの理論によって広まりました。さらに1970年代の半ばにはこの理論によって、レム睡眠と夢は両方とも脳幹によってコントロールされているというという考えが一般的になりました。
レム睡眠と夢に関係する神経伝達物質
コリン作動性理論では、レム睡眠とレム睡眠中に見る夢は、アセチルコリン(acetylcholine)と呼ばれる神経伝達物質の放出によって始まり、セロトニン(serotonin)と呼ばれる別の神経伝達物質が放出されることによって終わるとされています。つまり、アセチルコリンの放出をコントロールすることができれば、レム睡眠の段階を切り替えることができ、さらに夢もコントロールできるということです。
実際、この理論を裏付けるように、脳幹内にアセチルコリンを放出するサプリメントやハーブを飲んでから眠ると、レム睡眠を引き起こせるだけでなく、夢を引き起こすこともできるということが分かっています。
ドーパミン作動性理論
ドーパミン(dopamine)作動性理論は、脳の前頭葉に位置するドーパミン神経回路が活性化されることによって、夢が生み出されるという理論です。数多くの臨床的根拠による裏付けがあり、コリン作動性理論が証明できなかった部分を補足しています。ドーパミン作動性理論とコリン作動性理論を組み合わせた結果、従来のコリン作動性理論だけでは説明できなかったことが一気に解決しました。
レボドパ(パーキンソン病治療薬)と夢
レボドパという、脳内のドーパミンレベルを上げることでパーキンソン病治療に使われる薬があります。この薬を夜の時間帯に患者に投与し、睡眠時のドーパミン量を増やすと、レム睡眠の長さや頻度は変わらずに、夢を見る頻度と夢の鮮明さのみが劇的に向上するということが数々の臨床試験で明らかになりました。
ドーパミン作動薬が、夢の頻度、鮮明さ、継続時間を向上させる一方で、レム睡眠の頻度、強度、継続時間には影響を与えないということが分かり、その結果、アセチルコリン濃度の増加が夢に影響しているのではなく、ドーパミン濃度の増加が夢を発生させているということがわかったのです。
夢を引き起こすのは脳幹ではなく、前頭葉である
コリン作動性理論では、レム睡眠と夢は両方とも脳幹によって引き起こされるとされていましたが、ドーパミン作動性理論は「レム睡眠は脳幹によって引き起こされるが、夢は前頭葉によって引き起こされる」という想定で研究・臨床実験が行われ、その結果、多くの重要な発見をすることができました。
なお、夢を引き起こすのは脳幹ではなく前頭葉であるという理論の裏付けには、前頭葉に発生する脳の病気を患った人が、レム睡眠には何も影響がないにも関わらず完全に夢を見なくなるという事例や、かつて精神疾患の治療目的で行われていたロボトミー手術(前頭葉白質切断術)を受けた患者の70~90%が夢を見なくなる事例などがあります。
夢を発生させるためにレム睡眠は必須ではない
ドーパミン作動性理論のさらなる研究によって「夢は通常レム睡眠中に起こるが、とても浅いノンレム睡眠中にも発生する」という大きな発見がありました。この発見により、夢を見るために必要なものは、レム睡眠ではなく、「睡眠中の脳の活性状態」であることが分かりました。実際レム睡眠中の脳は、睡眠中にも関わらず日中起きているときと同じくらい活性化しています。
寝ているときの脳をこの活性状態にすることが、夢を発生させる秘訣であることが分かりました。その結果、食べ物やサプリメントで脳内の神経物質の放出をコントロールして、1)脳を特殊な活性状態にし、2)夢の中で認識力を働かせ、夢を自由自在に操るための「明晰夢サプリ」の研究が大きく進展しました。
コリン作動性理論とドーパミン作動性理論のまとめ
コリン作動性理論とドーパミン作動性理論の重要な点を以下にまとめました。
- 脳内の特定の神経伝達物質が放出されることにより、睡眠のステージが決まり、夢が発生する
- 薬やサプリメントは、脳内神経伝達物質の濃度レベルに影響を与える
- 神経伝達物質のアセチルコリンはレム睡眠を引き起こし、維持するはたらきがある
- 神経伝達物質のセロトニンはレム睡眠を終わらせるはたらきがある
- 夢を見るためには、1)脳をレム睡眠中の状態にし、2)ドーパミン回路を活性化する必要がある。
明晰夢を見るために鍵となる神経伝達物質
明晰夢は「体は眠っているが、頭は起きていて自己を認識している」という状態です。完全に眠っているわけでも、完全に起きているというわけでもなく、「眠りながら起きている」という独特な状態です。明晰夢を見るためには、「眠りながら起きている」というこの独特な脳の状態をつくりだす必要があります。
具体的には、睡眠時に分泌量が減ってしまう脳内の神経伝達物質の量を起きている時と同じレベルにまで増加させる必要があります。
明晰夢を見るために鍵となる神経伝達物質とは、セロトニン、アセチルコリン、ドーパミン、ノルアドレナリン(ノルエピネフリン)です。それぞれの神経伝達物質が日常生活や睡眠時に、どのような役割をしているのかについてはそれぞれ個別に説明しております。該当記事をご覧ください。