明晰夢をやりすぎると、夢と現実の区別がつかなくなってしまったり、頭がおかしくなってしまったりするのでしょうか?明晰夢が危険であることを示す明確な研究結果やはっきりとした証拠は今のところ見つかっていません。では何が原因で危険と思われているのでしょうか?

睡眠中に見る夢の役割とは

1950年代にシカゴ大学で、レム睡眠(REM:急速眼球運動)が発見され、その後動物にもレム睡眠が発見されたことにより、動物実験をベースにしてレム睡眠や夢に関する研究が発展しました。そしてそれら一連の研究で、レム睡眠の時には脳幹にPGO波(Pons, Geniculate body, Occipital coretexの頭文字)という興奮波が発生し、脳の視覚領域を刺激することが解明されました。このPOG波によって引き起こされた視覚イメージが、我々が睡眠中に見る「夢」であると考えられています。

フランシス・クリックらによる「逆学習説」

夢はPOG波によって引き起こされるという前提をもとに、DNAの二重らせん構造を発見したことで有名なフランシス・クリック教授らが「レム睡眠は不要になった記憶を消去するために存在しており、その過程でたまたま漏れ出した記憶が夢である」という逆学習説を唱えました。この仮説が夢を操ることが危険であるといわれるようなった理由です。この仮説がもとになり「夢を覚えておくという行為は、もともと忘れるべき記憶を反芻し覚えなおすことになるため、精神健康上良くないのではないか?」といわれるようになったのです。

しかしながら、レム睡眠の割合は、新生児の頃が最も多く、歳をとるにしたがって少なくなることがわかっています。若いころには夢をよく見てのに、中年を過ぎて夢を見る回数が減ってしまうのは、レム睡眠の回数や時間が減るってしまうからです。仮にクリックらの説が正しければ、赤ちゃんは不要な記憶が少ないのでレム睡眠は少なくて良いはずです。また、年齢とともに処理するべき記憶は増えるため、歳とともにレム睡眠は増えるべきです。

クリックらの逆学習説は根拠に乏しく、現在では支持されていません。

現在支持されている「睡眠中に見る夢の効用」とは

ネズミが迷路の通り抜けを学習するときには、海馬という脳領域で特定のニューロンが決まった順序で発火しますが、迷路学習をした後の睡眠中のネズミの脳でも同様のニューロン発火が、同じ順序で何度も繰り返されます。この睡眠中のリプレイ活動によって、シナプス(脳内にあるニューロン間の接点)を強化し、覚醒時に学習した情報の記憶が強められていると考えられています。

記憶と夢についてさまざまな研究が行われ、現在のところ精神科医アラン・ホブソン博士による「行動リハーサル説」や、進化心理学者ニコラス・ハンフリー博士が唱えている「シミュレーション説」が支持されています。

行動リハーサル説

人間には生得的行動プログラムという、生まれながらにしてとる本能的な行動が備わっており、その主たるものは闘争、逃走、性行動です。レム睡眠や夢が、これら生得的行動のスイッチを入れる機能であると考えられているのが行動リハーサル説です。

夢の中の行動パターンを統計的に分析したデータによると「単純な攻撃から逃げるという逃走行動」がとても高い割合で出てくるということが分かっています。我々は現代の社会生活ではほとんど経験しないような「危機からの逃走行為」を夢の中で何度もリハーサルしているのです。

夢の中で、現実ではなかなか発生しないようなさまざまな危険的な状況を経験することで、それに近い事態が現実に発生した場合に対処できるようになるとされています。

シミュレーション説

2009年カリフォルニア大学でレム睡眠に記憶を強化する働きがあるかどうかが調べられました。被験者に想像力を使って解決しなければいけない問題を提示し、答えのヒントを与えます。その後グループごとに 1)覚醒状態 2)ノンレム睡眠 3)レム睡眠のいずれかで同じ時間過ごしてもらい、再度問題を提示したところレム睡眠をとったグループの正答率が最も大きく改善しました。

同年にハーバード大学で、被験者に様々な天気の画像を見せ、この後、晴れるか雨になるかを予想させた後、正解を伝えるという実験が行われました。実験の合間にひと眠りした人の方が、画像に写り込んだ情報から、その後の天気の変化に気付く傾向が強く、さらに被験者のレム睡眠の長さと成績向上に相関があることがわかりました。被験者の中でレム睡眠が長かった人ほど正解率が上がっていったのです。

結局、明晰夢は安全なのか?危険なのか?

すべての動物は睡眠をとることから、睡眠は必要不可欠な何らかの役割を果たしていると考えられています。そしてその役割として最も有力なのが、「レム睡眠中の脳は覚醒時の出来事によって得た情報を整理する」という考えです。

行動リハーサルやシミュレーションが夢の目的であれば、なぜ寝ているときにみた夢の内容を起きたときにに忘れてしまうのでしょうか?言語という高度なコミュニケーション手段を持たない人間以外の動物にとって、夢の内容を覚えておくことは非常に危険だったからです。詳しくは、人間以外の動物が、夢の内容を覚えていると危険な理由をご覧くださいませ。

明晰夢を実践して、夢を自然では無い状態にコントロールすることによる弊害は、長期間の治験データなどが少ないため、現時点では安全であるとは言いきれません。しかし、もしレム睡眠や夢の主な役割が「覚醒時に得た情報の整理」なのであれば、週に2回だけ明晰夢を見て楽しむというような節度を守った実践で有れば、問題が無いのではないかと、私は考えています。

私自身が明晰夢を実践して困ったことは、夢の記憶と現実の記憶の混濁です。明晰夢がうまくなってくると、夢の世界のリアリティが増し、まるで現実の世界にいるかのように感じられるようになります。夢の世界と現実の世界の二重生活をすることになるため、夢の記憶と現実の記憶が混ざってしまうのです。この辺について興味がある方は、明晰夢のメリットとデメリットも併せてご覧くださいませ。